ノンテクニカルスキルとは何か

診療や治療の技術であるテクニカルスキルに対して、ノンテクニカルスキルは「テクニカルスキルを十分に活用、発揮するために必要な基本的な能力」であると考えています。

しかし、20代、30代の頃は、テクニカルスキルを習得するのに手いっぱいで、他のことにはなかなか気が回らないことでしょう。指導側としてもどうしてもテクニカルな面を優先しやすいのも事実です。

実際に、私自身も昔はそうでした。しかし、後期研修後の7~8年目ころに、先輩医師から「知識や技術の積み重ねだけでなく、それ以外にも重要なことがたくさんある」と指導していただき、その大切さに気付いた経緯があります。

現状ではテクニカルな面に100%の時間を注いでいるかもしれませんが、私が考える理想のバランスとしてテクニカルが75%、ノンテクニカルには25%の時間をかけてほしいところです。

身につけておきたい4つのノンテクニカルスキル

ノンテクニカルスキルにはさまざまありますが、以下の4つが大切だと考えます。

コミュニケーションスキル

コミュニケーションスキルはノンテクニカルスキルの重要な部分の1つです。特に若い先生方は、なるべく早いうちに身につけておかないと、円滑に業務を遂行することが困難になります。優れた技術を持つベテラン医師ならともかく、若手の医師が「自分の言うことを聞け」という態度をとっても、誰もついていかないでしょう。同僚の医師をはじめ、看護師や検査技師といった他職種に対しても、自分の考えをわかりやすく伝えることができれば、助力を得られてスムーズに業務を進められます。

病院には医師だけでなく、看護師や検査技師などの他職種、事務職員、清掃担当者などさまざまな人がいます。当たり前のことですが、医師が一番偉いわけではありません。できるだけ周囲の皆さんと良い人間関係を作り、一緒に仕事をしていくのが大切だと思っています。私自身、基本的なことではありますが、礼儀正しい言葉遣い、挨拶をする、何かしてもらったらお礼を言うことを心がけています。

もちろん患者さんや家族に病状を説明する際にも、常にコミュニケーションスキルは必要です。治療を進めるには、患者さんや患者さんの家族とできるだけ良い関係を築いて、味方になってもらうことが大切だと考えます。

論理的思考力

例えば、なぜこのタイミングでこの検査を行ったのか、なぜその薬剤を使うと判断したのか。また、救急車で来院された患者さんが帰宅可能なのか、入院が必要なのか。判断の根拠を明確にするためには、論理的な思考能力が欠かせません。後で振り返ってみて、誰もが納得できるように考えていくこともノンテクニカルスキルの1つです。

判断力

緊急性のない検査まで常に急いで施行するように指示していると、周囲のスタッフに不要なストレスをかけてしまいます。本当に優先すべき時だけ急ぎ、そうでなければ落ち着いて進めてもらえばいいでしょう。周囲への配慮を行うためにも、適切な判断力が求められます。特に、救急外来においては、複数の患者さんに対応することも多く、全体を把握する能力や優先順位をつける能力も求められます。

マネジメント力

30代ともなれば、後輩も増えて指導する立場になります。医局やチーム全体のマネジメント力も必要になるでしょう。特に救急室では1人で仕事をしているわけではなく、看護師、救急救命士、検査技師、そして搬送などで病院を訪れる救急隊の方、他科の医師とも連携しながら仕事を進めることになります。そのためチーム全体のマネジメント力が欠かせません。

私自身は、日常的に一緒に仕事する人の顔と名前はなるべく早く覚えて、個々の性格や能力を見極めながら、相手に過剰な負荷をかけないように心がけています。

千葉西総合病院(松本先生ご提供のお写真)
千葉西総合病院(松本先生ご提供のお写真)

ノンテクニカルスキルを磨くためのポイント

知識、技術が優秀でもコミュニケーションがうまくいかずに職場を去るケースは少なからずあります。逆に、周囲との良好な人間関係を築いている人は、仲間になる人が集まりやすいものです。私自身は、以下のようなポイントを意識し、若い仲間に指導しています。

自分の考えをわかりやすく伝える

初期研修医が他科の医師と電話などで連絡しているとき、自分の考えをうまく伝えることができないで困ってしまうケースがよくあります。相談する相手がどういう状況なのか、想像力を働かせて、相手の気持ちを理解しながら仕事を進めると、軋轢が少なくなるのではないでしょうか。

相談相手が今、何をしているのかを把握することは、それほど難しくないはずです。背景を踏まえて、できるだけ簡潔にわかりやすいプレゼンテーションを行い、緊急性が高い場合は、緊迫した状況が相手にわかるように伝えることも必要でしょう。また、入院の適応について相談したいのか、今すぐ助けに来てほしいのかなど、相手にしてほしいことによっても、プレゼンテーションの仕方が変わります。

時間に余裕があるときは、初期研修の先生や若い先生にプレゼンテーションの練習をしてもらうこともあります。プレゼンテーションの予行演習を行ってもらい、表現方法や、話す内容の順序などを改善した上で、実際に他科の先生に連絡するようにしてもらっています。

振り返って検証する

適切な判断を下すためには、訓練が必要です。うまくいかなかったことがあれば、何が原因だったのかを考え、問題点を把握し、改善するために必要なことを考えていくことが大切だと思います。実際に自分が関与しなかった症例についても、診療記録などを詳細に検討し、もし自分がその場で患者さんを担当していたら、どのように対応したのか、どの選択肢を選べばもっとよい結果につながったのか、徹底的に考えていく。このような思考訓練を繰り返していくと、難しい状況でも適切なタイミングで適切な決断を下せるようになっていくのではないでしょうか。

チームと情報共有する

自分が担当している患者さんの状態や今後の方向性がわかったら、随時、担当のナースにも伝えて、チームとして情報を共有することが大切だと思います。診察をしている医師だけが把握していても、突然方針を伝えられたスタッフは驚き、困ってしまうこともあるでしょう。

ノンテクニカルスキルを発揮するためのカギ

周囲とのコミュニケーションや配慮が必要だとわかっていても、ストレスがかかったり、あまりにも忙しすぎたりすると、不適切な言動を行ってしまうかもしれません。しかし、いつもイライラして、無愛想な対応をとっていると、周りのスタッフも声をかけづらくなります。小さな問題が起こったとしても、「あの先生に何か言うとすぐ怒られるから、黙っていよう」と思われてしまい、結果的に大きなミスにつながることもあり得ます。

そのため、ノンテクニカルスキルの土台となるのが、セルフマネジメントだと思います。自分の感情を適切にコントロールできれば、コミュニケーションスキルや論理的思考力を十分に発揮できるでしょう。

そのためには、できるだけゆっくり休養する時間も必要ですし、オンとオフを両立することも大切です。私自身も、仕事を離れたときは、趣味の時間などを設けてゆっくりリフレッシュするように心がけています。

業務中にどうしても怒りがこみあげてくるような場合、一瞬その場を離れて、気持ちを切り替えることも必要だと思います。

このような態度で仕事を続けていると、スタッフと良好なコミュニケーションがとりやすくなり、職場の雰囲気もよくなると思います。また、何でも気軽に相談できる相手がいることも大切です。愚痴を言い合える仲間も、穏やかな人の周りに自然に集まってくるでしょう。

まずは「変わりたい気持ち」を持つことが大切

ノンテクニカルスキルの向上を考えるうえで、まず自分自身で「変わりたい」という気持ち、「変わらなくてはいけない」という自覚がなければ何も始まりません。自分の問題点をできるだけ客観的に把握する。そして、問題の解決と状況の改善のためにはどうすればいいのか、少しずつ整理して考えていく。それを実践に移し、うまくいかなければ、何が原因なのか、また考える。このような地道な繰り返しが大切だと思います。